大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6153号 判決

○当事者

原告

木村一郎

右訴訟代理人弁護士

吉田栄三郎

被告

山口雅也

被告

山口武夫

被告

山口美術印刷株式会社

右代表者代表取締役

山口武夫

右訴訟代理人弁護士

江尻平八郎

右訴訟復代理人弁護士

高橋潔

伊藤銀蔵

○主   文

1 被告山口雅也および被告山口美術印刷株式会社(以下「被告会社」という。)は、各自原告に対し金四九一、一一一円およびこれに対する昭和三七年八月一八日以降各支払ずみに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

2 原告の被告山口雅也および被告会社に対するその余の請求ならびに被告山口武夫に対する請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の、その一を被告山口雅也および被告会社の平等負担とする。

4 この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

○事   実

原告訴訟代理人は、「1、被告らは、各自原告に対し金二、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三七年八月一八日以降右支払ずみに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。2、訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告山口雅也は、昭和三四年八月四日午後一〇時頃小型乗用自動車(第五む八五七四号。以下「被告車」という。)を運転中、長野県北佐久県軽井沢町南ケ丘一、〇五二番地先通称小学校道路上において原告と接触し、よつて原告に顔面、首骨、背骨等全身打撲の傷害を与えた。(以下省略)

○理   由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生および原告の受傷)のうち、原告の受けた傷害の部位を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。しかして(証拠―省略)を綜合すれば、原告は、本件事故によつて右眼瘢痕性外反症兼兎眼症、頸椎損傷その他顔面等に打撲傷の傷害を受けたことが認められる。

二、そこで被告らの責任原因について判断する。

(1) (証拠―省略)を綜合すれば、事故の現場は、南北に走る幅員約二・六米の、勾配はないが一面に凹凸のある非舗装道路で、その附近一帯は、唐松林の中に点々と別荘が散在する軽井沢町南ケ丘の別荘地帯であつて、昼夜共交通量は極めて閑散であり、しかも事故の当時は濃霧のため殆ど視界がきかず、自動車の前照灯によつて五米位前方がやつと確認しうる状況であつたこと、しかして原告は事故の当時、勤務先の訴外有限会社泉製氷で酒を二合程御馳走になり、一旦帰宅後も更に焼酒を小さなコツプに一杯程飲み、やがて軽井沢保育園基礎工事の打合せのため友人白山英雄宅を訪問しようとして、自宅より約五〇〇米位離れた事故現場にさしかかつたが、前日釘二本を踏みつけた足が痛むので、その場に坐つて休んでいるうち、酒の酔いがまわつて来て、うつらうつらと寝ころんでいたこと、一方被告山口雅也は、軽井沢の別荘に遊びに来ていた兄嫁の妹松野元子(当時一六才)を南原の家に送るため同女を被告車に同乗せしめて、時速約一〇粁の速度で現場にさしかかつたが、当時は霧が深く、しかも月明りもなく、視界は五米位しかきかない状況にあつたのであるから、前方を十分注視して被告車を運転しなければならなかつたのに、同被告は、これを怠たり、道路上に寝ころんでいた原告を大きな石のごとく錯覚し、漫然その上を通過したところ、突然車体の下ににぶい音をきいて事故の発生を予感し、約三〇米前進した地点で転回して来て、始めて原告がその場にうづくまつて呻吟しているのを発見したことが認められ、他に反対の証拠はない。

右認定事実に徴すれば、本件事故が被告山口雅也の前方注視を怠つた過失により惹起されたことは明らかであるから、同被告は、直接の不法行為者として民法第七〇九条の規定により原告の受けた後記損害を賠償すべき義務がある。

(2) 次に被告会社の責任の有無について考えるに、被告会社が被告車を所有していたことは、当事者間に争いがなく、(証拠―省略)によれば、被告会社は、資本金九五〇万円の株式会社で乗用車二台を所有し、従業員は約六五名で、営業部、総務部、工務部に分れて仕事に従事しているが、実際は被告山口武夫の一族が実権を握つている所謂同族会社であること、しかして被告車は、東京の本社で営業に使用し、総務部長である斯波金弘がその管理を最高責任者として掌り、被告車を私用で使用するときは、同人の許可を要するものとされているが、社長の息子である被告山口雅也から借用の申出があれば、別段の事由がないかぎり、当然これを許可し、右申出を拒否しうる関係になかつたこと、しかも被告山口雅也自身も、別に改まつて会社の責任者に断るまでもなく、自分が使用したいと思えば、いつでも借してくれるものと考えており、現に本件事故前にも被告車を使用したことがあり、この事故の際には、事故の起る二、三日前に被告車の運転手に話をして被告車を借り受け、これに弟を同乗せしめて、母、妹らのいる軽井沢の別荘へ赴き、同地で被告車を乗りまわしていたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

してみると、被告会社は、被告山口雅也が被告車を使用することを十分察知し、それにつき暗黙の同意を与えていたものと認められるから、自賠法第三条本文の規定により本件事故によつて受けた原告の後記損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

(3) 更に原告は、被告山口武夫も自賠法第三条本文の規定による責任を免れない旨主張するので考えるに、被告山口武夫が被告会社の代表取締役であることは、当事者間に争いがなく、しかも被告会社は同被告の一族が実権を握つている所謂同族会社であることは、前記認定のとおりであるが、しかし、そのことから直ちに同被告に自賠法第三条本文の規定による責任があると断定することは、相当でない。なるほど同被告は、被告会社の代表取締役として被告車を使用しうる権限を有していたことは、右認定事実に徴し疑いないが、これはあくまで被告会社が自己の利益のために同被告に被告車を使用せしめているにすぎず、被告車の所有者が被告会社であつて、その運行費用等も全部被告会社において負担しているものと認められる本件にあつては(このことは、弁論の全趣旨より明らかである)、同被告に右責任を帰せしめることはできないものと考えられる。

三、次に損害の点について判断する。(得べかりし利益の喪失による損害)

(1) (証拠―省略)によれば、原告は、昭和二五年二月より本件事故当日まで訴外有限会社泉製氷に勤務し、日給六〇〇円、月平均一七、〇〇〇円の収入を得ていたが、本件事故によつて頸椎が三分の一程ずれてしまつたため、重量物をもつことは勿論、長時間の労働に堪えることが不可能となり、事故前の労働能力を殆ど失つて、草刈り等の軽労働の外は、他の労働に従事することができなくなつたこと、そして一年のうち、八月を除くその他の月には、日給五〇〇円乃至五五〇円を得る仕事を毎月四、五日程得られるだけで、僅かに夏の八月に軽井沢の別荘の草刈りなどで金一〇、〇〇〇円の収入を得られたこと、この状態は原告の頸椎損傷が治療不可能なことからみて、将来も改善される見込みがないことが認められ、他に反対の証拠はない。してみると、原告は、本件事故によつて一年のうち八月を除くその他の月は、少くとも一ケ月平均金一四、二五〇円、八月は平均金七、〇〇〇円、従つて一ケ年平均金一六三、七五〇円の得べかりし利益を喪失したものということができる。なお、原告は、右の外、事故前は別荘の手伝いをして一ケ月平均金五、〇〇〇円の収入があつた旨主張するが、これを肯認するに足る証拠はない。

しかし原告は、本件事故の当事満四四才(大正四年二月八日生)の健康な男子であつたことは、(証拠―省略)によつて認められるところ、厚生省大臣官房統計調査部刊行の第一〇回生命表によれば、右年令の男子の平均余命は、二七・三七年であるから、原告は、本件事故がなかつたならば、就労可能年数である満六〇才に至るまでの一六年間なお事故前と同様の労働に従事しえたものと推認できる。よつてその間の得べかりし利益の総計金二、六二〇、〇〇〇円からホフマン式計算法(単式)によつて年五分の割合による中間利益を控除し、昭和三四年八月四日当時の一時払額に換算すると金一、四五五、五五六円となることが計算上明らかである。ところで、本件事故は、原告が夜間飲酒酩酊して道路上に寝ころんでいた際に発生したことは前記認定のとおりであつて、たとえ現場が自動車等の交通量の極めて閑散なところであるとしても、道路上に寝ころんでいたということは、極めて危険であつて、本件事故は、原告のこの重大なる過失が少なからざる原因をしているものと認められるので、これを斟酌すれば、原告の本件事故による得べかりし利益の喪失による損害は、金二九一、一一一円と認めるのが相当である。

(慰藉料)(2) (証拠―省略)を綜合すれば、原告は、大正四年二月八日出生し、小学校卒業後は実家で農業に従事していたが、昭和一〇年一〇月甲種合格で出征し、歩兵第七五連隊に入隊、除隊後は満鉄の軌道敷設班として終戦時まで勤務し、その間妻ハマ子(大正八年二月七日生)と昭和一六年一月三〇日結婚し、同女との間に長女益美(昭和一七年三月一九日生)、次女美千代(昭和二四年七月二三日生)、三女志津子(昭和二八年六月二四日生)をもうけたこと、そして現住居には昭和二四年頃から家族とともに居住しているが、右住居は、屋根のない、廃墟のようなバラツクで、終戦以来盲目となつた妻と子供らで原告の月平均金一七、〇〇〇円の収入で貧困の中に暮らしていたところ、本件事故によつて原告は、前記のような傷害を受け、生涯不具の身として事故前の労働能力を喪失したこと、事故後原告は直ちに軽井沢町病院に入院し、以来昭和三五年三月二日まで高崎病院、笹塚病院を転々し、治療に努めたが、頸椎損傷は、完治せず、また右眼は瘢痕のため上眼瞼の機能が廃退し、就寝中でも開放のまま閉じることが不可能となり、眼底の黄班部に色素班が生じ視力も矯正不能の〇、四に落ちたので、長野県より第一種第五級の身体障害者の指定を受けるに至つたこと、そして現在は別荘の草刈り等軽労働に従事したりして僅かな報酬を受け、生活保護法による生活扶助によつて辛うじて生活していること、なお、被告らは病院の治療等を負担するのみで、原告に対し別段の措置がないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実と前記認定の本件事故の態様とをあわせ考えると、原告の本件事故によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は、金二〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認められる。

四、以上のしだいであるから、被告山口雅也および被告会社に対する原告の本訴請求は、前項(1)(2)の損害合計金四九一、一一一円およびこれに対する損害発生後で本件訴状送達の日の翌日であること一件記録上より明らかな昭和三七年八月一八日以降右支払ずみに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから正当として認容しその余を失当として棄却することとし、また被告山口武夫に対する原告の請求は全部失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。(裁判官 吉野衛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!